ュルジュル…」とさえずり、長いときには20分間もさえずり続けるといわれています。, 昭和の前半までは、東京都などの都市圏でも大きな原っぱや小さな丘などの緑地があちこちに残っていましたが、高度経済成長期(昭和29年~)になると開発ラッシュにより、そういったヒバリの生息に適した場所に、大規模な集合住宅や商業施設が次々に建設されていきました。, そのため、草地面積は、1960年(昭和35年)代からの20年間で3分の1にまで減少しました。1990年代になると、東京でも武蔵野を中心とした地域でしか、ヒバリの繁殖が見られなくなり、現在では、ヒバリは東京都版レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。, バードメイトは、自然保護に楽しく参加していただく寄付のしくみとして1996年から始まりました。毎年野鳥のキャラクターを決めて、一口1,000円のご寄付につき1個オリジナルピンバッジをお届けしています。, 2014年度に小冊子と合わせてヒバリについて広く普及していくために、バードメイトも「ヒバリ」をモチーフにしました。デザインは、ほのぼのとした世界観で人気のフリーイラストレーター・白石佳子さんです。, バードメイトによる寄付金は、野鳥たちが安心してくらせる環境を守る活動に使われます。, ヒバリとヒバリをとりまく環境の情報を広く集めるために、2014年からインターネットとヒバリの小冊子を通じて、アンケート形式の情報収集を行ってきました。ご協力頂いた皆さまありがとうございました。全国から165件の「私の町のヒバリ情報」が寄せられました。集計結果について報告します。, ヒバリなど身近な野鳥を守る活動にご支援ください「ヒバリ・バードメイト」お申し込みはこちら, 「ヒバリを見たことはありますか?」また「鳴き声を聞いたことがありますか?」の設問に対しては、どちらも約90%の方が見たことがある、聞いたことがあると回答しています。しかし、ここ10年でみると共に84%に減少していました。また「この春、あなたの町」でヒバリを見ることが出来たか?」と限定すると、72%とさらに減少をしていました。, この結果からみると、約9割の方がヒバリを確認しており、身近な野鳥ではあるものの、近年ではヒバリが減少している地域が増えてきていることが示唆されました。参加者から寄せられた声も合わせてみていくと、田園地帯が残っているような地域では、ヒバリの減少は感じていないという声も多く寄せられる一方、特に関東の都市部の方からは、宅地が増えて、草地や麦畑などヒバリの生息適地が少なくなっているという声も多く寄せられました。身近な野鳥の代表的な一種・ヒバリが地域によっては、環境の変化により減少していっているようです。, 「ヒバリがいつのまにかいなくなったー」そうならないように、ヒバリやツバメなどの身近な野鳥や多様な生き物がくらせる環境を守る活動に取り組んでいきます。これからも皆様のご協力よろしくお願いいたします。, ぼくのまち、北海道厚沢部町鶉ではヒバリがないていますよ。毎日ヒバリのこえをきくのがたのしみです, 自宅から15分程の所にある、開発地の放棄地で3~4番以上が繁殖している模様です。そこでは、他にセッカ、オオヨシキリ、コチドリの姿や鳴き声をよく聞きます, 家の近所でもよく声をききますし、カヤネズミの観察のために定期的に訪れている平城宮跡(奈良)にも多いので、減っているとは知りませんでした。平城宮跡では、カセネズミの巣をよく「見かけない場所」=低茎草地でヒバリを多く見ることができるようです, 幸い我家は一部、森が残っている所に隣接していて、ヒバリやウグイスの鳴き声を聞くことが多いです。彼らとの環境共生を切に願っています, 所沢市の三ヶ島公民館のそばの畑には、ほとんどいつもヒバリがいます。私は月に2、3回通ります。先日はすぐ足許にいたのでドッキリしました(きっとヒバリも)三ヶ島のひまわり幼稚園のあたりでは全く見かけません, 青梅市今寺天皇塚の田んぼで3/18、姿確認、以后、毎日、姿を見ることが出来ました。運がよければ口いっぱい虫をくわえた親鳥にも会うことが出来ました。多い時は4羽、同時に見ることもあります, 年々減少しているヒバリ、ツバメは現在住んでいる私の所は田園地帯なのであまり感じられないですね, 4月20日すぎから、ヒバリの姿とさえずりが聞こえます。毎年同じ様子です。そして、10月の末まで、姿を見ることができ、たくさんいるようです。人工の少ない地ですので、自然が残っており、その他の鳥も、種類が多いです, 身近かだった空地、田、畑が、開発住宅地になりヒバリだけじゃなく環境が変わっています, 毎春雄物川の河川敷でみかけますが、今年は鳴き声が少なく数が減ったのかな?と思っています, 周辺でも麦畑が少なくなり「ヒバリの鳴声が以前程聞かれなくなりました。幸い住居が小貝川に近いため河川敷や土手に行くと鳴声を聞くことが出来ます, 30年、自宅近辺の身近な鳥を中心に観察しています。本当にヒバリが少なくなりました。ずっと以前新聞に出た会の広告で、「ボーナスが半分になったら困りますか、ヒバリは半分になった」というフレーズが強く印象に残っています, 小生の住居付近でヒバリを見たのは7~8年前が最後だと思います。空地の草原が住宅地化されたため、見かけなくなったと思います, 近くに荒川河口の河川敷があり、10年前までは揚ヒバリの声をよく耳にしました。何故聴くことが出来なくなったか疑問でしたが、小冊子の内容から把握できました, 子供の頃(調布市多摩川)家の隣のムギ畑でヒバリをよく見ました。鳴き声もきれいです。やはり開発でいなくなったと思います。自然公園など生息環境を作れないものでしょうかね, 今住んでいる場所も昭和42年当時はひばりが鳴き乍ら舞い上り、そして下りてくる姿が見られたものです。, ヒバリがそんなに見かけなくなった鳥だとは思いませんでした。春、畑で仕事をしていると頭上でさえずる声にのどかさを感じ、原発事故で避難せざるを得ない地域がすぐそこにある不自然な状況に胸を痛めております。今、除染作業で木々を切り、草を刈り、大地を削っています。今後もヒバリは生きてゆけるでしょうか.

ヒバリ(雲雀[1]、鸙、告天子、Alauda arvensis)は、スズメ目ヒバリ科ヒバリ属に分類される鳥類。春を告げる鳥として古より洋の東西を問わず親しまれている。, 古来から人の目に触れる機会が多い種であるため多くの地方名がある。主なものは、告天子(こうてんし、ひばり)[2][注釈 1] 、叫天子(きょうてんし)、天雀(てんじゃく)、姫雛鳥(ひめひなどり)、噪天(そうてん)、日晴鳥(ひばり)[3]など。, 日本では亜種ヒバリが周年生息(留鳥)し、亜種カラフトチュウヒバリや亜種オオヒバリが冬季に越冬のため本州以南へ飛来(冬鳥)する[4][5][6]。, 全長17センチメートル[1][7][8][9][5][6]。翼開長32センチメートル[7][10]。後頭の羽毛は伸長(冠羽)する[7][4][5]。上面の羽衣は褐色で、羽軸に黒褐色の斑紋(軸斑)が入る[7][5]。下面の羽衣は白く、側頸から胸部にかけて黒褐色の縦縞が入る[7][5]。胸部から体側面にかけての羽衣は褐色[5]。外側尾羽の色彩は白い[9][5]。初列風切は長く突出する[7]。次列風切後端が白い[8][9][5]。, 卵の殻は灰白色で、灰色や暗褐色の斑点が入る[8]。オスは頭部の冠羽をよく立てるが、メスはオスほどは立てない[11]。, 草原や河原、農耕地などに生息する[7][8][4][6]。種小名arvensisは「野原の、農耕地の」の意[1]。しかしながら近年大雪山の標高2,000メートル付近の高山帯をはじめ、北海道、本州の山岳地帯でも生息が確認されている[12]。, 食性は植物食傾向の強い雑食で、主に種子を食べるが昆虫、クモなども食べる[8][4][6]。地表を徘徊しながら採食を行う[8]。, 繁殖形態は卵生。上空を長時間停空飛翔したり[10]、草や石の上などに止まりながら囀る[6]。繁殖期が始まるとオスが囀りながら高く上がって行く「揚げ雲雀」と呼ばれる縄張り宣言の行動は古くから親しまれている[13]。和名は晴れた日(日晴り)に囀ることに由来する説や、囀りの音に由来する説もある[1]。地表(主に草の根元)に窪みを掘り植物の葉や根を組み合わせたお椀状の巣をメスが作り[4]、1回に3-5個の卵を産む[8]。抱卵期間は11-12日[8]。雛は孵化してから9-10日で巣立つ[8]。繁殖期にはつがいで生活し、非繁殖期には小さな群れで生活する[11]。, 日本の以下の都道府県でレッドリストの指定を受けている[14]。ヒバリは愛玩飼養の対象であったが、1979年にその対象から除外された[15]。環境省により鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則で、第二十五条の環境省令で定める鳥獣の対象になっている[16]。, 大伴家持が万葉集で『うらうらに照れる春日に雲雀上がり心悲しも独りし思へば』と詠っている。松尾芭蕉(永き日を囀り足らぬひばりかな)や与謝蕪村などの句で、のどかな日本の田園風景の春の風物詩として多数詠われており[13]、春の季語ともなっている。囀りを日本語に置き換えた表現(聞きなし)として「日一分、日一分、利取る、利取る、月二朱、月二朱」というものがあり、この聞きなしと飛翔しながら囀る生態から太陽に金貸しをしているという民話もある[6]。春季に縄張りを主張するために鳴き声を挙げることから春の風物詩とされることもあり、本種をモチーフにした詩(例としてパーシー・ビッシュ・シェリーの「ひばりに寄せて」)などもある[4]。イギリスのレイフ・ヴォーン・ウィリアムズが作曲したヴァイオリンによるヒバリのさえずりを模擬した『揚げひばり』の楽曲がある[10]。またハイドンの弦楽四重奏曲第67番は、第1楽章冒頭の旋律がヒバリのさえずりに似て聞こえるため『ひばり』の名で呼ばれるようになった[20]。日本では飼い慣らしたヒバリを放ち、そのさえずりと高さを競わせる「揚げ雲雀」と呼ばれる遊びがあった。現在は鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律によりヒバリの愛玩目的の飼育は認められていない。, 近年、世界的に減少傾向にあり[12]、ヨーロッパでは春播き小麦から秋播き小麦への転換で草丈が高くなることによる生息適地の減少や年間繁殖回数の減少、また農耕の大規模化にともなう環境の均質化が原因として考えられている[21]。日本の東京では、畑地面積が大きく減少しており、畑地の小面積化も進んでいる。作付け作物もヒバリにとっての生息適地となる麦から野菜へと変化しており、このような畑地の減少と質的な変化がヒバリの減少に大きく影響していると考えられている[21]。, 江戸時代の頃には「三鳥二魚」と呼ばれる5大珍味の1つに数えられていた。水戸藩から皇室に献上されていた郷土料理である。三鳥二魚とは、鳥=鶴(ツル)、雲雀(ヒバリ)、鷭(バン)、魚=鯛(タイ)、鮟鱇(アンコウ)のことである。, 『漢字に強くなる本 -これは重宝』 編集:佐藤一郎、浅野通有 出版:光文書院 刊行日:1978/09 (刷)昭和54年6月15日発行622頁, http://www.nodai.ac.jp/teacher/200985/2010/1.html, 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則 (平成十四年環境省令第二十八号)第二十五条, http://www.bird-research.jp/1_kenkyu/summary/a01_skylark.pdf, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ヒバリ&oldid=80159338.