関東バスの「路線バス(深夜バス含む)」についてのご案内です。路線バスの時刻表や路線図、運賃などが検索できます。ご利用駅ごとのバス検索も可能です。jr中央線沿線(杉並区、中野区、武蔵野市)の路線バスなら関東バスをご利用ください。 西武バスの「武蔵境駅」バス停留所情報をご案内。バス停地図や武蔵境駅に停車するバス路線系統一覧をご覧いただけます。武蔵境駅のバス時刻表やバス路線図、周辺観光施設やコンビニも乗換案内nextのサービスでサポート充実! jr中央線の三鷹~武蔵境駅間にかかる跨線橋で、三鷹の車庫を眺めることができる。近くに住でいた太宰治が訪れていたことでも知られる。 アクセス:jr中央線、jr中央・総武線各駅停車(東京メトロ東西線直通)「三鷹駅」北口または南口から徒歩5分。

大月・高尾始発は、八王子・立川の順に停車し、三鷹や中野を通過する。 ただし朝の渋滞時間帯であり、スピードも出せず、国分寺-新宿間の所要時間は快速とたいして変わらない。, 体調が悪くなった乗客を対応する為に、通過駅に臨時停車することがある。混雑が激しく、国分寺-新宿間はノンストップとなるので、体調が優れないときには乗らないほうが良い。, 土日祝日に運転される中央線・青梅線を直通する列車。中央線内は特快と同じ停車駅、青梅線内は通過駅がある。, 東京・新宿~拝島駅間は、おくたま号6両+あきがわ号4両が併結運転され、おくたま号は奥多摩まで、あきがわ号は武蔵五日市まで走る。, 中央線・武蔵野線を直通運転して大宮駅を発着する武蔵野線の列車。

各駅の発着時刻、列車番号、東京・新宿駅の番線を見ることができます。, 各駅では通称「ポケット時刻表」と呼ばれるその駅だけの時刻表が配布されています。 中央線沿線では三鷹駅が番線非掲載。, 土休日ダイヤ(土・日・祝日)では、西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺の通称「杉並三駅」を通過する, 2019年3月16日(土)から現行のE233系0番台に加えて、常磐線各駅停車や東京メトロ千代田線で走っていた209系1000番台が2編成投入され、営業運転がはじまった(2018年11月から試運転が行われていた)。, オレンジ色の電車は、早朝・深夜のみ「各駅停車」でも走る(※駅の案内では「快速」も土休日の吉祥寺駅以西、平日の中野駅以西は「各駅停車」と表示される)(, 「中央特快」「青梅特快」「通勤快速」は、三鷹駅と国分寺駅で「快速」と待ち合わせし、同じホームですぐに乗り換えができる, オレンジ色の電車は、平日の朝(通勤時間帯)に、1号車(東京方の先頭車)が女性専用車両となる, 金・土・祝前日の「高尾行き終電」は、ひどい混雑のため乗らないほうが良い(※新宿では乗れないほど混雑することがある), ・オレンジの各駅停車(高尾~東京):平日4~6時台と22時台~終電、土休日4~5時台と21時台~終電, ・黄色の各駅停車(三鷹~千葉方面):終日 ※早朝・夜のみ立川発着・武蔵小金井発着あり.

武蔵小金井、豊田は車庫がある為、早朝から夜まで1日中、始発があります。 「武蔵境駅(東京都武蔵野市) 駅・路線図から地図を検索」では武蔵境駅(東京都武蔵野市)の地図が見られます。地図から周辺のバス停などのスポット、店舗を探したり、武蔵境駅で乗り継ぎできる路線を一覧で探せて便利です。マピオンは日本最大級の地図検索サイトです。 東京から武蔵境の乗換案内です。最短ルートの他、乗換回数や料金など、条件別にルート検索可能です。始発・終電・復路の検索や、時刻表・運賃・路線図・定期代・18きっぷまで情報多数。運行情報、構内図、出口案内、地図も提供中。 停車するのは快速と各駅停車。, JR東日本の時刻表ページから検索すると便利です。 三鷹、国分寺で快速または各駅停車と待ち合わせがある。, 行先は、高尾、大月(中央本線)、河口湖(富士急行線)、青梅(青梅線)、武蔵五日市(五日市線)、高麗川(八高線)。, 平日通勤時間帯の上りに数本だけ走る。 Copyright© KANTO Bus Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED. 東京都を走るJR中央線(ちゅうおうせん)の基本情報、路線図、駅一覧、停車駅、沿線の観光名所、日帰り温泉など。, 【注意】2020年3月14日ダイヤ改正で東京駅発着の各駅停車が廃止、終日「快速」運転に変更, トラベルタウンズは無料のオンライン旅行ガイドです。画像の無断使用・転載を禁じます。, 鉄道コレクション ミニチュアトレイン 趣味の玩具・模型 Nゲージ・Nスケール はたらくのりもの 東日本旅客鉄道(JR東日本) 中央線 中央線快速E233系電車 〈ミニチュア電車模型 ミニチュア鉄道模型 列車模型ミニカー E233系電車 でんしゃおもちゃ〉, [鉄道模型]トミックス 【再生産】(Nゲージ) 92336 JR E233-0系通勤電車(中央線・T編成)3両基本セット, 【中古】[RWM]92337 JR E233-0系 通勤電車(中央線・T編成) 増結Iセット(3両) Nゲージ 鉄道模型 TOMIX(トミックス)(20170811), JR中央線が初電から終電まで快速運転に、各駅停車は千葉~三鷹間を終日直通、2020年3月14日ダイヤ改正, 台風19号の影響により見合わせている高尾~大月駅間は2019年10月18日(金)11時頃に運転再開見込み。高尾~相模湖駅間は下り線のみで単線運転。. 中央線の神田(東京)駅から武蔵境駅の時刻表です。ジョルダンでは全国の駅の時刻表のほか、新幹線・フェリーの時刻表を検索できます。平日・土曜・休日ダイヤを掲載。日付を指定して検索することも … 土日祝日に運転される中央線・青梅線を直通する列車。 中央線内は特快と同じ停車駅 、青梅線内は通過駅がある。 東京・新宿~拝島駅間は、おくたま号6両+あきがわ号4両が併結運転され、おくたま号は奥多摩まで、あきがわ号は武蔵五日市まで走る。

JR中央線、東京-高尾の路線図。各駅停車、快速、中央特快、通勤快速、通勤特快など種別ごとの停車駅が分かります。, ※2020年3月14日(土)ダイヤ改正で、オレンジ色のJR中央線(東京駅発着)は終日「快速」運転に変更となりました。 あらかじめ小銭・ICカード・乗車券・シルバーパスをお手元にご用意ください。車内の運賃機では千円札もご利用になれます。なお、高額紙幣(一万円、五千円、二千円)には対応しておりませんので、ご了承ください。, 路線バスは「前乗り」です。前ドアからご乗車ください。車椅子・ベビーカーをご利用のお客様は中ドアからのご乗車も可能です。乗務員にお申し出ください。, 均一運賃区間外を走行する系統にご乗車の際には、降車停留所を乗務員にお伝えください。また、子どもの方や割引運賃でご乗車の方は、運賃のお支払いの前に乗務員にお知らせください。, 運賃お支払いに使用しないICカードは運賃機に近づけないようご注意ください。運賃が差し引かれることがございます。もし、誤って差し引かれた際には、お手数ですが、その場で乗務員にお知らせください。, ご乗車になりましたら、空いた席におかけになるか、お立ちの場合は手すり・つり革におつかまりください。また、前後のドア付近にお立ちになりますと、他のお客様のご迷惑となりますので、車内奥までつめてご乗車いただきますようご協力をお願いいたします。座席は一人でも多くのお客様がお座りになれますよう、ご協力をお願いいたします。, 運賃機に硬貨もしくは千円札を入れて頂きますと、お釣りがある場合は下の受け皿から硬貨のお釣りが出てきます。両替機ではございませんので、ご注意ください。, 当社の路線バスは「中(後)降り」です。お客様の安全確保のため、バスが完全に停まるまでは席を立たずにお待ちください。, ベビーカーを固定するため、固定場所のお客様に座席をお譲りいただく場合がございますので、ご協力をお願いいたします。.

平日の夜と土日の朝は新宿行きもあるが、これは平日は新宿始発の下り快速があるためで、土休日は新宿始発のホリデー快速があるため。また遅延時にも新宿行きに変更される場合がある。, 下りの珍しい行先としては、平日に国分寺行きと八高線の箱根ヶ崎行き、土休日に三鷹行きが1本ずつある。, 2019年3月16日(土)から現行のE233系0番台に加えて、常磐線各駅停車や東京メトロ千代田線で走っていた209系1000番台が2編成投入され、営業運転がはじまった(2018年11月から試運転が行われていた)。主に快速で運転され、平日の早朝~昼の3往復×2編成、土休日ダイヤの午後1往復走っている。これはグリーン車導入に向けて既存車両(4号車)へのトイレ設置工事を実施するため、工事期間中の車両不足を補う目的と言われている。, ちなみに駅放送などで「中央快速線」と呼ばれることあるが、一部の鉄道ファンからは、正確な名称ではないと指摘されることがある。ただしJR東日本のプレスリリースや資料でも「中央快速線」と表記されており、利用者が正式名称を気にする必要はない。, 特快(とっかい)とは特別快速のこと。下りの立川から先(高尾・大月方面)、上りの中野から先(新宿・東京方面)は快速と同じ停車駅。, 快速が停まる国立、西国分寺、武蔵小金井、東小金井、武蔵境、吉祥寺、西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺を通過する。, 三鷹、国分寺で快速との待ち合わせがあり、同じホーム(向かいの番線)で乗り換えができる。, ダイヤが乱れると、2019年3月16日(土)から投入された209系1000番台で運転されることもある。, ※2017年3月4日ダイヤ改正で新宿始発の中央特快はなくなった:下り新宿始発の中央特快は中野を通過するので注意。, 中央線内は中央特快と同じ停車駅。下りは立川から先は青梅線に入り、青梅線内は各駅停車となる。上りは青梅始発の東京行き。, 一部の列車は立川、三鷹、国分寺で快速との待ち合わせがあり、同じホーム(向かいの番線)で乗り換えができる。, 遅延で青梅線との直通運転が取り止めになると、立川行きや立川始発となることがよくある。, また大幅に遅延すると青梅特快の八王子行きといった珍表示で走る場合がある(折り返しが八王子始発の青梅特快となったこともある)。, 特快の停車駅に加えて荻窪、吉祥寺に停車する。 武蔵野線もオレンジ色を採用しているので、八王子~国立駅間では乗り間違いに注意。, 2014年3月17日のダイヤ改正で、中央線内も各駅停車となった。武蔵野線の205系、209系、E231系で運転される。普通乗車券(Suicaなど含む)で利用できる。, 週末の山梨・長野方面への日帰り旅行に利用されるが、復路の上り列車では八王子、立川から新宿方面へ乗るにも便利。, 始発電車が1日に何本もあるのは武蔵小金井、立川、豊田、八王子、高尾です。

ほとんどの駅で発着する番線も掲載しています。 三鷹から武蔵境への乗り換え案内です。電車のほかに新幹線、飛行機、バス、フェリーを使用するルートもご案内。ic運賃、定期券料金、時刻表、運行状況、駅周辺の地図も確認できます。航空券予約、新幹線チケット予約、始発・終電検索も可能

武蔵境駅の中央線の時刻表ダイヤ(高尾方面、東京方面)の情報を掲載しています。平日ダイヤ・土曜ダイヤ・日曜・祝日ダイヤを掲載。日付指定して時刻表を検索することもできます。 青梅始発は青梅線内の各駅に停車する。, 国分寺の次は新宿となり、三鷹を通過する。 武蔵境駅(JR中央線快速)高尾・豊田方面の時刻表情報です。出口、設備などの構内情報や、時刻表、路線情報を紹介。武蔵境駅周辺の地図やグルメ、天気も提供しています。 中央線快速(ちゅうおうせんかいそく)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)管内の中央本線のうち、東京都千代田区の東京駅から東京都八王子市の高尾駅までの快速電車の運転系統の案内上および営業上の呼称である。路線図などの案内では山梨県大月市の大月駅までとなっているものもある。駅ナンバリングで使われる路線記号は JC である。, 御茶ノ水駅 - 三鷹駅間の複々線区間のうち、快速電車と優等列車が走る線路は「中央急行線」が正式な名称である[報道 1](詳細後述)が、書籍・雑誌・新聞[1]やJRのプレスリリース[報道 2]などでは東京駅 - 高尾駅・大月駅間の運転系統を「中央快速線」と表したり、JRの路線図や駅ホームなどでは「中央線(快速)」や「中央線快速電車」のほかに「中央線」の表記も多く見られる。, 東京都心と多摩地域の各都市とを結び、都心部では東京駅と副都心の一つである新宿を結ぶ役割を担っている。起源は1933年(昭和8年)に東京駅 - 中野駅間で運行が開始された“急行電車”であり、その後“快速”と改称されている。日本国有鉄道(国鉄)時代に投入された101系電車以降の車両にはオレンジバーミリオン(■、国鉄朱色1号)が車体色に採用され、これが当路線のラインカラーとして旅客案内などにも使用されている。, 基本的な運行系統は東京駅 - 高尾駅間であるが、大月駅まで運行される列車や、立川駅から青梅線に直通して青梅駅まで乗り入れる列車もほぼ終日にわたって設定されている。一部は五日市線武蔵五日市駅(青梅線経由)、八高線高麗川駅(同)、富士急行線河口湖駅まで運行される。, 2007年10月から、JR東日本八王子支社では「中央線が好きだ。」というポスターを製作し、駅や電車の中吊りに掲出している[2]。, 東京駅 - 神田駅間は東北本線、代々木駅 - 新宿駅間は山手線に属し、その他の区間は中央本線である。国鉄時代はこれらの2区間が重複所属であったが、民営化後に変更された。マルスシステムの経路表示は「中央東線」と称して区間は「東京 - 神田 - 御茶ノ水 - 代々木 - 新宿 - 韮崎 - 」としており、東京駅 - 神田駅間が「東北線」と重複して「山手線」の代々木駅 - 新宿駅間は分断されている。, 当該区間のうち、御茶ノ水駅 - 中野駅間は国鉄時代に早くから複々線化されたことや、複々線の両方に旅客列車が走行し急行運転を行ってきたことから、現在も快速電車や長距離列車などが走る線路の正式な呼称は「中央本線」である[報道 1][出典無効]。, かつて、現在の快速電車は急行電車と称していたが、松本・甲府方面の準急が急行列車(有料)に格上げされたことから、料金不要の急行電車は快速電車と改称された。, 甲武鉄道の東京都心乗り入れに際して建設された市街線(しがいせん)に、関東大震災後の復興事業での貨客分離および長距離列車と近郊電車との路線分離を行うために複々線化した上で、列車線兼貨物線として開業したのが現行の中央線快速の始まりとされる。, 御茶ノ水駅 - 中野駅間で複々線が建設され、1932年(昭和7年)に完成した。計画当初は貨物輸送力の増強を企図していたが、完成後は一部時間帯に急行電車を運行させて旅客輸送力の強化を図った。この計画と同時に総武本線両国駅 - 御茶ノ水駅間も高架鉄道として建設され、ラッシュ時は東京駅発着の電車を急行電車として運行することとなり、各駅に停車する電車は一部の時間帯に総武本線へ乗り入れることとなった。, 第二次大戦後は中央線の輸送力増大が重要な課題となり、1957年に東京駅 - 御茶ノ水駅間および中野駅 - 三鷹駅間の複々線化を決定するも実施に苦慮していたところ、1960年に帝都高速度交通営団から東西線との直通運転の提案を受け、東京 - 御茶ノ水駅間線増に代わるものとした[3]。引き続き「通勤五方面作戦」が進む中で1966年(昭和41年)に中野駅 - 荻窪駅間の複々線化が完成し、中央緩行線の電車と営団地下鉄東西線(現在の東京メトロ東西線)乗り入れの電車がこの区間に運行されている。1969年(昭和44年)には複々線区間が三鷹駅まで延長された。だがそれ以降計画はほとんど進まず、三鷹駅 - 立川駅間の複々線化事業は事実上の凍結状態にある。, 東京駅 - 高尾駅間のうち、御茶ノ水駅 - 三鷹駅間では急行線と緩行線から構成される複々線区間となっており、快速系電車は急行線を、各駅停車の電車(中央・総武緩行線)は緩行線を走行する。御茶ノ水駅付近では方向別複々線をなすが、以西では線路別複々線となる。中央線は貨客分離を優先とした大改修を行った上で旅客化されていることや、改修に際して渡り線を複々線区間の出入口に当たる地点にのみ設けた関係で、各駅停車以外は快速も特急もすべて急行線で運行されている[注 1]。, 中央線快速の定期列車のうち、かつての国電に相当する近距離電車は、停車駅の少ない順に通勤特快・中央特快・青梅特快・通勤快速・快速が設定されている。このうちほぼ終日運行されるのは中央特快・青梅特快・快速の3種別で、それ以外の種別は一部の時間帯のみ運行される。「特快」(とっかい)とは特別快速の略称である。, これらの快速系電車は、東京駅 - 新宿駅 - 立川駅間で日中1時間に14本(中央特快4本・青梅特快1 - 2本・快速8 - 9本)、平日朝は29本(新宿駅8時台上り到着本数)と高頻度で運行されており、緩行線(御茶ノ水駅 - 新宿駅 - 中野駅間で日中5分間隔で1時間に11 - 12本、平日朝2分間隔の24本)よりも運行本数が多い。, 下り電車に関しては、特別快速と通勤快速は立川駅から、快速は中野駅(土休日は吉祥寺駅)から先は各駅に停車するため、各駅に停車する区間では駅・車両(E233系)ともに種別表示が消え、「各駅停車」と案内される。上り電車に関しては、御茶ノ水駅・神田駅では種別名を表示せず単に「東京行」のみの案内であり、快速以上の種別の停車駅がすべて同一となる新宿駅・四ツ谷駅においては、快速以上の種別はすべて「快速」と案内される(例外的にホリデー快速のみ四ツ谷駅までそのままの種別・列車名で案内される)。中野駅においては案内の統一などは行われていない。, なお、急行線を走行する東京駅・新宿駅発の下り列車は特急列車も含め三鷹駅まで追い越しや待避がない。上り列車も、平日の一部快速電車が中野駅で特急・通勤特快の待避を行う以外は三鷹駅から終点の東京駅まで追い越し・待避がない(輸送障害時を除く)。, 国鉄時代より高尾駅で運行系統が分断されているが、中央本線普通列車(中距離列車)の新宿駅への乗り入れ縮小(その後廃止)と引き換えに1986年11月1日の改正より大月駅までの直通運転が増えている。高尾駅を越えて大月方面に直通運転する列車は、高尾駅 - 大月駅・河口湖駅間では末尾が「M」の列車番号となり、高尾駅以東の種別に関係なくすべて「普通」(中距離列車)である。冊子の時刻表でも「東京・高尾間快速」などと注記されている。, 特急列車は、新宿と甲府・松本方面とを結ぶ「あずさ」と「かいじ」がおおむね30分間隔で運行され、一部は東京駅・千葉駅発着で運行される。定期列車はすべてE353系が使用される。また、「あずさ」「かいじ」の一部列車と併結される形で、新宿と富士急行線河口湖駅までを結ぶ「富士回遊」が運行されている。なお、臨時列車の「あずさ」「かいじ」「富士回遊」にはE257系が充当されることもある。, また、朝夜は、後述する「中央ライナー」「青梅ライナー」を発展解消した形で誕生した「はちおうじ」「おうめ」が運行されるほか、成田国際空港へのアクセス特急「成田エクスプレス」も2往復運行されている。, 1993年(平成5年)4月10日より、遠距離利用の速達化および遠距離・近距離利用客の分離を目的として、平日朝ラッシュ時の上り東京行のみ設定されている種別である[11]。略さずに「通勤特別快速」とも表記される[11]。種別カラーはピンク。, 大月駅・青梅線青梅駅始発各2本、高尾駅始発1本の計1日5本が運行されている。高尾駅 - 御茶ノ水駅間で通過運転を行う。この区間の途中停車駅は八王子駅・立川駅・国分寺駅・新宿駅・四ツ谷駅で、国分寺駅 - 新宿駅間では中央特快・青梅特快が停車する三鷹駅・中野駅を通過する、料金不要の列車では最も停車駅が少ない種別である。運行開始以来、停車駅の変更はない。大月駅 - 高尾駅間および青梅線内は各駅に停車する。, 立川駅と国分寺駅で快速と接続するほか、国立駅・東小金井駅・三鷹駅・中野駅で快速を追い越す列車がある。, 競合する京王線特急への対抗を目的に、国鉄時代の中野駅 - 荻窪駅間複々線化翌年の1967年(昭和42年)7月3日に運行を開始した快速の上位種別である[12][13]。中野駅 - 立川駅間でも通過運転を行う。現在は早朝から深夜にかけて運行されており、立川から高尾方面にかけて運行されるものが中央特快、青梅線に直通するものが青梅特快と称される。中央特快の種別カラーは青、青梅特快の種別カラーは緑。平日の朝ラッシュの上りと夕方ラッシュの下りは運転せず、代わりに通勤特快(上り)や通勤快速(下り)が運転されている。, 中央線は国鉄で最初に「特別快速」が設定された路線であり、当時は、東京駅・神田駅・御茶ノ水駅・四ツ谷駅・新宿駅・中野駅・三鷹駅と立川駅 - 高尾駅間の各駅に停車していた。当初は1時間に3本設定され、1970年(昭和45年)10月より1時間の本数が4本に増発されたが、特快通過駅利用客から不満が発せられ1985年(昭和60年)3月14日に1時間に3本に戻された[13]。民営化された1987年(昭和62年)4月1日時点では、特別快速は日中のみ設定されていた[14]。, 1988年(昭和63年)12月1日に国分寺駅ホームが2面4線に拡張され、青梅線直通の特別快速として「青梅特快」が新設された。従来の特別快速は「中央特快」に呼称が変更され国分寺駅も停車するようになった[11]。1993年(平成5年)4月10日のダイヤ改正からは青梅特快も国分寺駅に停車するようになり、中央特快・青梅特快の中央線内での停車駅は統一された[6]。以降、平日・土休日ともに日中は1時間に4本前後(およそ15分間隔)運行され、おおむね中央特快3本と青梅特快1本の割合で運行されていた。2013年(平成25年)3月16日改正からは、日中1時間に平日5本・土休日6本(中央特快4本、青梅特快平日1本土休日2本)に増発された[報道 3]。, 2017年3月4日の改正では、平日深夜に運転されていた新宿駅始発の中野駅通過の下り中央特快が廃止され、週明け月曜日の6日から適用されたダイヤですべての中央特快が東京駅発着となり、下りは臨時ホリデー快速列車と特急列車を除き全列車が中野駅停車に統一された[報道 9]。, 三鷹駅、国分寺駅、上りは立川駅または豊田駅で快速に接続する(早朝・深夜の一部列車は各駅停車と接続。同時間帯の一部駅で接続はない)[報道 4]。多くは東京駅 - 新宿駅 - 高尾駅間の運転だが、一部列車は大月駅発着で、土休日は上下各2本が富士急行線河口湖駅発着で運転される。青梅特快は東京駅 - 青梅駅間で運転されるが、土休日は上り1本が五日市線武蔵五日市駅始発と八高線高麗川駅始発で運転し、拝島駅で連結する列車が設定されている。一部の中央特快(早朝深夜を除く大月発着または河口湖行き)は高尾駅・相模湖駅・四方津駅のいずれかで特急の通過待ちを行う。上りで遅延の場合、八王子駅・豊田駅・立川駅・中野駅で特急の待避を行う場合がある。その場合、立川駅以東で接続予定の快速は国立駅または東小金井駅で特快と特急を待避する。, 国鉄最終年度の1986年(昭和61年)11月1日改正から運行されている種別である[15]。種別カラーは紫。平日の東京発17時台 - 21時台の下りのみで特別快速に代わって運行されている。, 運行開始当時は東京始発6本・新宿始発3本[14]が設定されていた。東京駅 - 三鷹駅間(通過運転区間)の途中停車駅は神田駅・御茶ノ水駅・四ツ谷駅・新宿駅・中野駅で、三鷹駅から終点の高尾駅までは各駅に停車した[15]。新宿始発の電車は中野駅を通過していた。後に、三鷹駅 - 立川駅間は国分寺駅のみ停車となり[注 2]、1988年(昭和63年)12月1日に荻窪駅・吉祥寺駅に停車するようになり、現在に至る。2019年3月16日時点[16]では、東京発17時台から21時台までの速達種別として最大で1時間に4本が運行されている。特別快速との違いは、荻窪駅・吉祥寺駅にも停車することである。, 三鷹駅・国分寺駅・立川駅で快速(各駅停車区間)との接続を行う。一部の通勤快速は豊田駅・高尾駅・相模湖駅・四方津駅のいずれかで特急の通過待ちを行う(ほとんどが大月行または河口湖行、高尾行は東京20:35発〈新宿20:50発〉のみ新宿21:00発特急「あずさ35号」を豊田駅で通過待ちする)。, 現行ダイヤでは高尾行きが中心に運転されるが、そのほか1時間に1本から2本の割合で、大月行、青梅行、富士急行線河口湖行(後ろ6両大月止まり)、高麗川・武蔵五日市行(青梅線拝島駅で分割)がそれぞれ設定されている。, 中央急行線で最も多く運行されている基本種別である。複々線区間である御茶ノ水駅 - 中野駅(土休日は吉祥寺駅)間で通過運転を行う(E233系に限り、平日は中野以西、土休日は吉祥寺以西で種別表示を取りやめ、当該区間のホームでは「各駅停車」として案内される)。1933年(昭和8年)9月15日に「急行」の名称で運行を開始し、1961年(昭和36年)3月20日に現在の「快速」に改称された。種別カラーはオレンジ。, 運行開始当時は、東京駅・神田駅・万世橋駅(のちに廃止)・御茶ノ水駅・四ツ谷駅・新宿駅と中野駅から先の各駅に停車し、平日ラッシュ時のみ運行されていた。その後1959年(昭和34年)11月から平日の日中、1966年(昭和41年)4月から休日の運行が開始されている。中野駅 - 三鷹駅間の複々線化後も平日は中野駅から先は各駅に停車し、土休日に限り高円寺駅・阿佐ケ谷駅・西荻窪駅が通過となった。1987年(昭和62年)4月1日時点で、東京発の快速は夜間(22時以降)はほとんどが武蔵小金井行きか立川方面・豊田行きのどちらかで、八王子駅・高尾駅まで行くのは少ない本数の各駅停車や通勤快速のみであった[14]。2008年(平成20年)3月15日にダイヤが均等化されてからは10本程度運行され、2013年(平成25年)3月16日改正では特別快速が増発された代わりに日中時間帯は東京駅 - 新宿駅 - 立川駅間で1時間に9本(土曜・休日は8本)程度の運行となった。2017年(平成29年)3月6日から適用のダイヤでは、東京発22時台終わり(新宿発は23時過ぎ)に快速が増発され、23・0時台に新宿始発の列車が設定された[報道 9]。2020年(令和2年)3月14日改正で、東京駅発着の各駅停車に代わり設定が早朝から深夜までの終日となり、平日深夜の新宿駅発着列車が消滅した。, 運行区間は原則として東京駅 - 新宿駅 - 立川駅・八王子駅・高尾駅間(一部は大月駅まで)および青梅線直通(青梅駅発着)が基本である。朝夕は武蔵小金井駅・国分寺駅・豊田駅・富士急行線河口湖駅発着および、青梅線河辺発・五日市線武蔵五日市駅発着が設定されている。土休日朝に東京駅 - 三鷹駅間のみを運転する区間列車も設定されている。このほか八高線直通の高麗川駅発着と箱根ケ崎行の電車も設定されており、折り返しは拝島行となり唯一の八高線内のみの電車となる。上りはほとんどが東京行だが、深夜に三鷹・武蔵小金井行、土曜・休日朝に新宿行の電車(折り返し新宿発のホリデー快速おくたま・あきがわの送り込みを兼ね、新宿駅では多くが下り線用11番線に到着、一部は7番線到着[注 3])も設定されている。下りもほとんどが東京発で、早朝や朝夕の出庫電車に三鷹・武蔵小金井・立川・豊田発がわずかにある程度である。, 三鷹駅以西のみを運転する列車は通過駅はないが、種別上は快速となる。当該列車はE233系電車では全区間で種別が表示されない。, 青梅線奥多摩始発東京行の列車が早朝のみ設定されているが、逆の東京始発で奥多摩行になる列車は定期列車では設定されていない。, 中央特快・青梅特快・通勤快速とは(中央特快のみ豊田駅)・立川駅・国分寺駅・三鷹駅で連絡する。通勤特快とは立川駅・国分寺駅で連絡。特急とは新宿駅・立川駅・八王子駅で連絡する。それ以外に、豊田駅・国立駅・東小金井駅・中野駅で中央特快・通勤特快・特急の通過待ちを行う場合もある。, 1960年代の中央線複々線化工事の際には杉並区にある高円寺駅・阿佐ケ谷駅・西荻窪駅の3駅に快速(急行線)ホームを建設しない予定であったが、ホームを設け土曜日を含む平日に限り停車することになった。2020年6月現在も平日に限り停車し土休日ダイヤでは通過する。, 緩行線が別線路で並行しているうえ、平日の快速区間の西限が中野駅で東京23区内であり、複々線区間の急行線の性格を持つ他路線(東海道線・総武快速線・宇都宮線・常磐快速線など)と比較して各駅停車区間がかなり長いこと[注 4]、この区間の特別快速等の上位種別がかなりの低速で運転しており運行の妨げになっていること、中野駅・荻窪駅・吉祥寺駅などと比較すると利用客数はかなり少ないことなどからこれら3駅には快速を停車させる必要がないのではという意見がある(いわゆる「杉並三駅問題」)[17]。一方、この区間が線路別複々線であり乗り換えが大変なため、もし方向別複々線であったならば、通過しても問題は生じなかっただろうという見解もある[13]。, 立川駅 - 高尾駅間には、中央本線大月・甲府方面の中距離列車である3ドアの普通列車も運行されている。高尾駅での列車番号・種別の変更はなく、立川駅 - 高尾駅間も「普通」のまま運転する。立川駅・豊田駅・八王子駅・高尾駅発着で、ほぼ半数以上が高尾駅での折り返し運転となっており、日中は高尾駅で中央特快との相互接続が行われている。時間帯によっては、途中駅発着の快速と高尾駅との接続列車にもなっている(例:快速豊田行から、立川始発の列車に接続など)。, 1933年(昭和8年)7月15日以前は東京駅へも乗り入れており、1911年(明治44年)5月1日の全線開通時からしばらくは中央本線全区間を結ぶ列車も存在した。戦後「三多摩」周辺市街地の拡大や人口急増により、東京駅・高尾間の快速は101系・103系・201系といった最新鋭の4ドア通勤形電車が次々投入され、特別快速、通勤快速の設定により、近距離需要を重視した運行形態がとられ、3ドア・ボックス席の115系電車を用いる普通は新宿駅 - 立川駅間では過密状態になり、新宿駅発着列車が減少した(中央本線の定期客車列車が全廃された1970年代後半になると2時間に1本の割合にまで減少した)。同じく中電と通勤電車が混在する常磐線では、通勤電車まで15両編成化して需要増大に応えたが、中央線ではこのような措置は取られず、代わりに10両編成の快速を日中でも数分間隔で運転するという方針を採り、最大12両編成の中電が停車できるのは新宿駅 - 立川駅間で三鷹駅だけであった。このため、甲府駅・松本駅方面へは立川駅・高尾駅発着の短編成の列車が多くなった。なお、1984年(昭和59年)2月1日のダイヤ改正の時点で新宿発着は下り9本、上り7本(うち下り・上り1本ずつは夜行)となっていた。, 新宿駅始発の普通列車は、立川駅・八王子駅と高尾駅以西の各駅に停車していたが、1986年(昭和61年)11月1日から三鷹駅にも(その後さらに西八王子駅も)停車を開始した。しかし、1993年(平成5年)12月1日に新宿駅発着が廃止され新宿駅 - 立川駅間での運行がなくなり、普通列車は立川駅・高尾駅発着のみとなり、1996年(平成8年)12月1日に日野駅・豊田駅にも停車するようになってからは通過駅がなくなった。, 国立駅以西では、武蔵野線を経由して中央線沿線と東北本線大宮駅とを結ぶ「むさしの号」が運行されている。この列車は元来臨時快速列車であったが、2010年12月4日より定期列車化したことに伴い、同日付で列車種別が普通列車に変更された[報道 10][出典無効]。車両は武蔵野線の209系・E231系が使用されている。当初は中央線内では通勤特快と同じ停車駅(立川駅・八王子駅)であり、国立駅・日野駅・豊田駅の3駅は通過となっていた。八王子行は一部列車が立川駅で快速立川止まり・青梅行・武蔵五日市行からの接続を受け、大宮行は立川駅で豊田発・青梅発の快速または青梅特快に接続する。, 2014年3月ダイヤ改正で通過駅となっていた3駅はすべて停車となり、従来から各駅停車区間となっていた大宮駅 - 武蔵野線新小平駅間と合わせて、全区間各駅停車に変更された[報道 11]。, このうち定期列車の青梅線直通「ホリデー快速おくたま」と五日市線直通「ホリデー快速あきがわ」は特別快速(電車)のグループに含まれるが、青梅線内でも通過運転を行う。, このほか臨時列車として、中央本線甲府・小淵沢方面へ直通する「ホリデー快速ビューやまなし」がある。こちらは列車種別が「快速」(列車)であるものの、特別快速より停車駅が少なく設定されている(新宿駅・三鷹駅・立川駅・八王子駅・高尾駅のみ停車し、中野駅・国分寺駅・日野駅・豊田駅・西八王子駅ほか高尾駅以西の一部駅は通過)。これは、かつて存在した新宿駅発着の普通(前述)の上位種別として設定された列車であることによる。, 東京駅・新宿駅 - 高尾駅(一部八王子駅発着)・青梅線青梅駅間で、1991年(平成3年)3月16日の改正から2019年3月16日の改正まで、座席定員制のホームライナーが運行されていた。運行当初は「おはようライナー高尾」「ホームライナー高尾」・「おはようライナー青梅」・「ホームライナー青梅」の列車名で運行され、2001年(平成13年)12月1日の改正からは、座席指定制に変更し「中央ライナー」・「青梅ライナー」として運行されていた[18]。, 車両は、特急用のE257系およびE351系が使用され、2018年3月のダイヤ改正でE257系に統一されていた[19]。下りライナーは東京駅・新宿駅で乗車客扱いのみを、ほかの駅では降車客扱いのみを行っていた。上りライナーはその逆である。グリーン車の扱いは、首都圏の他路線のホームライナーとは違い指定席扱いとなる。, 2019年3月16日に行われたダイヤ改正によって、「中央ライナー」と「青梅ライナー」はそれぞれ特急に変更され「はちおうじ」「おうめ」となり、運行を終了した。, 2020年(令和2年)3月13日までは東京駅発着の各駅停車が設定され、快速の車両を用いて運転されていた。基本的に急行線と併設された緩行線を使用し、すべての駅に停車する。, 1933年(昭和8年)の急行電車の運行開始当時、急行運行時間帯の東京駅発着の中央線電車は半数が緩行線で運行されていたが、1941年 - 1942年ごろに中央線の運行本数が増発されたことにより御茶ノ水駅での急行線・緩行線の振り分けが困難となり、ラッシュ時の東京駅発着電車はすべて急行となった。その後も前述のとおり、平日日中は1959年(昭和34年)まで、休日は1966年(昭和41年)まで急行(快速)が運行されておらず、緩行線経由の各駅停車が東京駅に乗り入れていた(総武線電車は御茶ノ水駅折り返し)[13]。, 2020年3月13日まで運転されていた東京駅発着の各駅停車は早朝・深夜のみの運転となっていた。1987年(昭和62年)4月1日時点では東京発で朝4時半から6時半までと夜の22時15分ごろから0時半過ぎの最終まで設定があった[14]。廃止時点では東京発で朝4時半から5時台までと夜の22時55分ごろから0時半過ぎの最終[20])の運行となっていた。運行時間帯は土曜・休日ダイヤでは朝・夜とも平日ダイヤより40分程度長かった。種別カラーは黄色であったが、下り列車はE233系電車では三鷹駅以西で種別表示を取りやめていた。, 毎日早朝と土曜・休日の深夜上りは、ほぼ各駅停車のみの運行(ただし、早朝の上りは総武線直通電車も混在する)だったが、平日深夜の上下と土曜・休日深夜の下りは、終電の少し前の時間帯まで特快・快速と各駅停車が混ざって走行する状態となっていた[注 5]。深夜の下りは、山手線などとの接続の観点から、新宿駅で数分程度停車する電車があった。特に、新宿発1時過ぎの三鷹行き終電は、京浜東北線品川発1時過ぎの蒲田行き終電と並び、他会社の列車も含め山手線の駅を最後に出発する放射路線の列車だった。上下線初電(各1本)と上り終電(2本)は中野駅発着である[注 6]。土曜・休日の夜間には大月始発の東京行直通列車も存在した[注 7]。2013年3月18日から2018年3月16日までは平日にも設定されていた。, この運行と前後して、早朝の上りと夜間の下りに武蔵小金井駅・立川駅発着および国分寺発のみの総武線直通電車があり、それらは緩行線用の車両が運用されていた。緩行線用の車両で運行される場合は、立川駅 - 三鷹駅間においても「中央・総武線(各駅停車)」のLED表記・車内自動放送が行われる。, このほか、新宿駅跨線橋架け替え工事が行われる場合など、急行線が使用停止になる際には、快速電車の運行が中止され、終日東京駅発着の各駅停車が運行されたことがあった。この場合、総武線直通電車と交互に運行された(総武線直通と中央線の本数は通常より減り、東西線との直通運転は中止となる)。また、大晦日から元旦にかけての終夜運転では、基本的に中野駅発着の総武線直通電車と高尾方面発着の中央線車両による各駅停車が交互に運転されていた。, 2020年3月14日のダイヤ改正により、将来的なホームドアの設置工事が予定されていることを踏まえ、早朝と深夜の東京駅発着の各駅停車の運行、並びに総武線各駅停車の御茶ノ水駅折り返しを廃止し、東京駅からの中央線の電車はすべて快速電車(特別快速などを含む)のみとし、各駅停車は中央・総武緩行線の千葉駅 - 御茶ノ水駅 - 三鷹駅間直通運転の早朝・深夜を含む終日運転に移行した[報道 12]。また、当初2020年に予定されていたE233系のグリーン車連結に伴うホームの12両対応への改築計画についても、緩行線の駅は対象に含まれていなかった[新聞 5]。, ここでは、快速電車(かつての急行電車)としてこれまで運用されてきた車両について述べる。特急・急行、ホームライナー、中距離電車で運用される車両は「あずさ (列車)」「かいじ (列車)」「はちおうじ・おうめ」「富士回遊」「中央本線」を参照のこと。, 現在中央線快速では、片側4扉の通勤型電車10両編成が運用されるが、10両貫通の編成と、6両編成と4両編成を連結した編成とが存在する(以降、後者の編成を「分割編成」、編成を分割する運用を「分割運用」と記す)。2023年度にグリーン車が導入される際、12両貫通の編成と、8両編成と4両編成を連結した編成が組まれる予定である[報道 7]。, 中央線では1912年(明治45年)1月31日に昌平橋駅(同年4月1日万世橋駅開設に伴い廃止) - 中野駅間の登下校時間帯の電車に婦人専用車を連結したのが始まりで[24]、戦後は1947年5月5日 - 1973年8月31日にも婦人子供専用車を設置していた。1957年に二等車を廃止した代わりに老人幼児優先車を翌年まで連結していた。, 1973年(昭和48年)9月15日にシルバーシートを導入するとともに専用車両の扱いを取りやめたが、警視庁による首都圏鉄道路線の痴漢件数調査で、中央線は埼京線に次いで多かった。2005年9月5日より痴漢防止対策として平日朝ラッシュ時間帯の7時30分 - 9時30分に新宿駅を発着する上り快速・通勤特快で、東京寄りの一番前の車両にあたる1号車に女性専用車が設定されている。専用車両の設定はJR東日本で埼京線に続き2路線目だが、2006年の調査結果は痴漢件数が第1位であった。, 最初に設定された時点では、分割対応編成は奥多摩駅・高麗川駅・河口湖駅への乗り入れ運用をこなす4両編成が東京寄りに連結される編成を組んでいたため、この4両編成が乗り入れる区間から女性専用車が設定されていた。しかし、2007年3月18日のダイヤ改正以降はE233系による編成分割運用が登場し、201系の分割対応編成も運用共通化のため編成の組み換えを実施した。分割対応編成は東京寄りに6両編成が連結される組成になり、女性専用車が4両編成側から6両編成側に移動したため、翌3月19日の電車からは設定区間が変更されている。, 201系の一部編成では女性専用車であることを分かりやすくするため、1号車に女性向け商品の車体広告がラッピングされていた。2006年12月から運転を開始したE233系では、1号車のみすべての吊り手や網棚の位置を優先席と同様に低くする工夫がされている。, 中央線と青梅線立川駅 - 青梅駅間では2023年度にグリーン車導入が予告されているが、女性専用車の取り扱いについては未定[注 9]。, 中央線の駅の発車メロディは、塩塚博作曲のSHシリーズが多く使用されているが、ご当地メロディーも多く採用されている。ご当地メロディーが使用されている駅は以下の通り。, 日本の鉄道の中では定時性はあまり良くない路線として知られており、ラッシュ時には5分程度の遅れが頻繁に発生する。これは利用客の多さにより、10両でラッシュ時最短2分間隔運転と、すでに複線での輸送力のほぼ限界一杯に達しており、混雑の緩和が困難であることが大きな原因である[注 10]。ほかにも、人身事故の多さや、30分に1本走る特急や特別快速、通勤ライナーなど多種多様な列車種別があること、青梅線などの支線が多く運行形態が複雑で遅れの回復が困難などといった理由もある。, ほかの路線と比較して自殺、事故を含めた人身事故が多いとされているが、正確な統計が公開されていないため真偽は不明である。ただし、1997年から1998年にかけて、事故や気象によるトラブルが重なった上に人身事故による列車遅延が頻発したことによってマスメディアに盛んに取り上げられるようになった[25]。, 自殺が多いとされることの原因については諸説あるが、自殺の名所というイメージが定着することによる負の連鎖反応によるものなどがあげられている。JRでは一部の駅でホームの両端に柵を設ける、照明を増やす、死角となる壁や柱を作らない、ホームの表面を明るい色にするなどの対策を行っており、荻窪駅では自殺を思い留まらせる目的でホームの向かい側に鏡を設置している。, 荻窪駅と西荻窪駅では2009年9月15日より、自殺防止を目的として、ホームの端の蛍光灯を青色のものに変え、10月以降、東京駅 - 高尾駅間の24駅と、立川駅 - 八王子駅間の18の踏切に、青色LEDの照明を順次導入した。, 開かずの踏切による街の分断と交通渋滞を解消するために、1996年(平成8年)度から、東京都やJR東日本などが事業主体となって、自動車税やガソリン税を財源として、東京駅 - 日野駅間40.8kmの連続立体交差化が決定され、三鷹駅 - 国分寺駅間7.3kmと国立駅 - 立川駅間3.0kmで連続立体交差事業が実施された。, 本工事は1999年(平成11年)から始まり、2006年(平成18年)10月までに5回の仮線への切り替え工事が行われた。下り線は三鷹駅 - 国分寺駅間が2007年(平成19年)7月1日に、西国分寺駅 - 立川駅間が2009年(平成21年)1月11日に、上り線は三鷹駅 - 国分寺駅間が同年12月6日に、西国分寺駅 - 立川駅間が2010年(平成22年)11月7日に高架に切り替えられ、合計で18か所の踏切を解消した。これにより東京駅 - 日野駅間の立体交差化が実現し、同区間における開かずの踏切は解消された。その後上り線の新線路が、武蔵小金井駅で2012年(平成24年)5月20日に、国立駅で同年12月16日に増設された。そして2013年(平成25年)2月24日に武蔵小金井駅の車庫付近のポイント切り替え工事が行われたのを最後に、高架切り替え工事は終了した。同年までに仮線路や駅施設および武蔵小金井駅前にあった歩道橋の撤去や側道の整備などを行い、2014年3月に事業は完了した[26]。, 最初の大規模な工事は2003年(平成15年)9月27日の夕方から翌28日朝までの予定で行われ、三鷹駅 - 国分寺駅間の上り線を仮線に切り替えた[新聞 2]。27日は予定通り進んだが、翌28日朝になってから武蔵小金井駅で配線ミス(配線図そのものに誤りがあり、つなぎ間違いやつなぎ忘れがあった[新聞 6])でポイントが作動しないことにより運行再開できない状態が続き、終了予定時刻を8時間近く遅れた13時52分に国分寺発の列車から運行を再開した[新聞 2][27][28]。JR東日本は運行再開までバス代行の運行時間を延長するよう各バス会社に要請したが、人員不足などを理由に1時間の延長で代行バスは終了し[新聞 2][新聞 7]、同区間から立川・新宿方面への確実な移動手段がなくなったため大混乱となった。, この前代未聞の事象に各種メディアは、「同社が関連会社に工事を丸投げして監督責任を怠っていたこと」[新聞 8]「東海旅客鉄道(JR東海)が東海道新幹線品川駅工事の時に事前に工事リハーサルを行ったなどの例に比して、これだけの大規模な工事をぶっつけ本番で一挙に行う半ば無謀な計画であったこと」[新聞 7]などと批判し、9月28日にJR東日本は記者会見を行ったが、その中で「もっとバスを借りられるように手配すべきであったが、ここまでの事態は予想できなかった。しかし、すべての乗客をそもそもバスに振り替えるのは無理。バス輸送は補完的なもので、隣接する私鉄に回って、と前からお願いしていた」と発言した。, この仮線への切り替えにより、踏切の幅が広がって渡りきれないなどのケース[新聞 9]や(翌2004年の7月と11月に行われた仮線への切替工事により、仮線切替前の横断距離に戻った[新聞 10]ほか、2007年7月1日と2009年1月11日の下り線高架化により遮断時間・横断距離が短縮されている)、踏切の遮断時間が増えたため、国土交通省の指示によりJR東日本は歩行者・自転車用に架道橋を設置したりした[新聞 11][報道 15]。, この後に実施された三鷹駅 - 国分寺駅間下り線の仮線化工事に際しては、切替工事に対するリスク管理のため[新聞 12]、切替区間を分割して実施された。以降実施された切替工事に関してもリスク管理の徹底が図られ、すべて予定時間内に完了している。, この高架化事業とは別に、三鷹駅 - 立川駅では複々線化が計画中である。複々線のうち急行線は高規格な地下路線となる予定で、実現した場合には中野駅 - 立川駅間を運行している快速の停車駅も変更を迫られると見られる。2015年頃までの完成を計画していたが、高架化工事の状況から見込みが立っていない。建設費は国土交通省の試算で約3,600億円と見積もられている[新聞 13]。, 三鷹駅 - 立川駅間の複々線化は1970年代にはすでに計画されており、そのさなかに開業した西国分寺駅のホーム構造を見れば明らかなように用地は確保されていた。しかし、複々線化工事の着工に手間取っているうちに法改正がなされ、高架化する際には脇に側道を整備することが義務付けられたため、複々線の用地を環境側道に転用することになった。このため、仮に複々線化が実現したとしても「緩行線は高架・快速線は地下」という構造になる見込みである。ただし、国分寺駅西側から国立駅東側までは掘割であり、既存線に並行して複々線を設置する用地もある。, この複々線を利用する特急列車などの優等列車が三鷹駅から大深度地下を利用した高速地下鉄道によって新宿駅を経由し東京駅で京葉線につなげるという構想もある。ただし、そのための設備投資費用は約4,500億円とJR東日本だけが負うにはあまりにも巨額のため、国や自治体の道路建設や整備新幹線並みの援助が必要だろうといわれている[新聞 13][29][30]。, 政治・行政面では、中央線三鷹駅 - 立川駅間複々線化の都市計画が決定している。東京都は整備効果が高いが、収支採算性など事業スキームに課題があるとしており、関係機関との調整状況を踏まえて新しい整備の仕組みづくりを検討するとしている[31]。多摩地域の市町村の大半[注 11]は「三鷹・立川間立体化複々線促進協議会」に加入、関係省庁に対して要望を行っている[32]。この協議会には、中央線や乗り入れ先の青梅線・五日市線・八高線沿線だけでなく、並行する京王線、西武新宿線・拝島線等の沿線自治体も加入している。また山梨県や長野県も「中央東線高速化促進広域期成同盟会」を結成し、同様の要望を行っている[33][34][35]。政治家では萩生田光一[36]が複々線化実現を自身の政策の一つとして掲げている。, 東京駅の中央線快速ホームは、1995年7月2日に完成した3重層構造高架線の最上部にある(それ以前は現在の3・4番線の位置にあった)。東海道・東北・上越の各新幹線のホームを真下に見渡すことも、赤レンガ駅舎を真横に見ることもできるホームは、非常に近代的な構造となっている。, 東京駅を発車すると、左半分が側道に架かる形になった高架線を34‰で下っていき、一層下の山手線・京浜東北線とフラットレベルになると首都高速八重洲線(地下)と交差、日本橋川と直上の首都高速都心環状線を潜り渡る。直後に右手の東北本線列車線(上野東京ライン)が急勾配で上ってゆく。まもなく神田駅に到着する。, 高尾寄りで国道17号(中央通り)を跨ぐ。この付近は中小ビルが連なる中で商店も多く軒を連ねている。間もなく緩やかに左へカーブし山手線・京浜東北線・上野東京ラインから分かれる。間もなく交通博物館および万世橋駅・昌平橋駅の跡地が見えると右手から神田川が近付く。間もなく総武本線支線(中央・総武緩行線)の松住町架道橋・総武線神田川橋梁が見え、中央・総武緩行線が合流し、聖橋を潜ると御茶ノ水駅に到着する。同駅は神田川を通すため武蔵野台地を削った谷にあり、都心部とは思えない崖に引っかかっているような駅となっており、眼下には川を渡る東京メトロ丸ノ内線を見ることができる。駅周辺は日本最大の学生街であり、明治大学や東京医科歯科大学などの教育施設がある。, 御茶ノ水駅から複々線区間に入る。右へ左へとカーブを切りながら方向別複々線から緩行線が山側である線路別複々線となり、左手から崖がなくなると水道橋駅を通過する。水道橋駅・飯田橋駅・市ケ谷駅の各駅に快速電車は停車しないが、海側(千代田区北・西部、皇居の北・西側)は各企業の本社が集い、山手線沿線に引けを取らないオフィス街となっており、また飯田橋駅・市ケ谷駅は地下鉄とのジャンクション駅となっているため、各駅とも緩行電車単独でも乗車人員が多い。間もなく首都高速5号池袋線を潜り、神田川と別れ、左手に日本貨物鉄道(JR貨物)の旧本社ビルと合流してくる留置線が見えてくる。かつての飯田町駅はこの付近の本線上にあった。甲武鉄道のターミナルとして開業し、近年は紙の物流基地として栄えた飯田町駅だが、開発の進んだ現在はほとんどその面影がない。間もなく飯田橋駅を通過する。飯田橋駅を通過すると見えてくるのは旧江戸城の外堀となる。お堀の堤には青々と草が生えて桜の木も多く、さながら都会のオアシスのようである。市ケ谷駅下の外堀には釣り堀があり、毎日のように釣り人で賑わっている。, 市ケ谷駅を通過すると並行していた外堀が消え(正確には埋め立てられて二次利用されている)、左へカーブし南を向くと緩行線が急行線を跨いで海側に移り四ツ谷駅に到着し、国道20号(新宿通り)と東京メトロ丸ノ内線を潜る。高尾寄りがカーブ上にあり、再び南西を向く。四ツ谷駅も飯田橋駅・市ケ谷駅と同じく地下鉄とのジャンクション駅であるとともにオフィス街が近傍にあるほか、快速電車が停車するため乗降客が非常に多く、特に丸ノ内線との乗換口は非常に混雑する。, 四ツ谷駅を発車すると間もなく御所トンネルを抜ける。このトンネルは赤坂離宮(現・赤坂迎賓館)を潜るため、離宮内の土を開削しトンネルを建設した後再び廃土を埋め戻す、地下鉄の開削工法のような工事が行われた。御所トンネルを抜けると新宿区に入り、左手から首都高速4号新宿線が近付くと信濃町駅を通過する。なお、御所トンネル内で港区に接近するが、わずかに掠めない[注 12]。, 間もなく左手奥に明治神宮外苑が見えて渋谷区に入る。さらに右手に新宿御苑が見えると千駄ケ谷駅。並行していた首都高速4号新宿線が左へ分かれると右へカーブして北を向き、山手線・埼京線・湘南新宿ラインと合流して代々木駅を通過する。, 間もなくバスタ新宿・ルミネが見えると勾配を下り再び新宿区に入り、国道20号(甲州街道)を潜ると新宿駅。JR以外に京王電鉄・小田急電鉄・東京メトロ・東京都交通局と、4社局の路線が接続するターミナル駅である。JRの1日の平均乗降人員が150万人(2005年度)で日本一、さらに接続する路線の乗降人員を含めると346万人(2004年度)に達し、世界一である。, 駅東側はかつて甲州街道の第1宿(内藤新宿)や青梅街道が分岐する交通の要衝として発達し、伊勢丹などの老舗デパートや専門店・飲食店が立ち並び日本有数の繁華街となっており、特にスタジオアルタなどは全国的に知名度が高く、繁華街に北接する駅北東側の歌舞伎町は日本有数の歓楽街であり、飲食店やホテルが軒を連ねている。, 一方の駅西側は戦前まで行楽地であったが、高度経済成長期の1960年代から1970年代にかけて京王百貨店・小田急百貨店・ヨドバシカメラが開店し、1971年に淀橋浄水場の跡地に建てられた京王プラザホテルを皮切りに続々と高層ビルが建設された。さらに1991年に千代田区丸の内から東京都庁が移転し、現在は新宿副都心として都心部に次ぐ商業集積地帯となっている。駅南側は再開発によって商業化が進み、前述のルミネのほか、新南口に隣接してタカシマヤタイムズスクエアがある。, 新宿駅を発車するとガード(新宿大ガード)を渡り、西側に高層ビル群、東側に西武新宿駅を見ながら緩やかに左へカーブして湘南新宿ライン・山手線・埼京線から分かれ、間もなく大久保駅を通過、その先も緩やかにカーブし、カーブを抜けて西を向くと再び神田川を渡り中野区に入って東中野駅を通過、ここからはるか先の立川駅まで長い直線区間となる。東中野駅を発車し、東京都道317号環状六号線(山手通り)を潜ると、掘割の右手に桜並木が見える。左手に中野電車区が現れると東京メトロ東西線が地上に出て合流し、中野駅に到着する。, 中野駅から荻窪駅までの区間は「中央線中野三鷹間線路増設計画」に基づき1961年12月から高架化工事が行われ1964年に工費260億円をかけて完成し、同年9月20日より上下線同時に運用が開始された。これによりそれまで同区間にあった24の踏切はすべて姿を消した。, 同駅周辺は中野サンプラザや中野ブロードウェイを中心に繁華街が形成されて賑わいを見せている。高架駅だが、高架が低い上構内が広く、地上駅の様相を見せる。この先いったん高架線を降りるが、間もなく杉並区に入ると再び高架線を上り、東京都道318号環状七号線を跨いで、程なく高円寺駅に到着する。, 高架線の下には住宅街が広がっているが、高円寺駅・阿佐ケ谷駅周辺はコンパクトに収まった商業地帯となっている。高架線の下に住宅街が迫り側道を作る余裕がないため、この区間の高架下には歩行者専用道路を作るなどの苦慮が施されている。いったん高架線を降り、東京都道5号新宿青梅線(青梅街道、都道4号と重複)を潜ると荻窪駅に到着する。東京都道311号環状八号線(環八通り)を跨ぐと再び高架を上り、善福寺川を渡る。, 西荻窪駅は東京女子大学を中心とした文教地区にあり、駅周辺にはアンティーク雑貨店や古書店が立ち並ぶ。宗教団体の関連施設も多く、かつてオウム真理教の主要施設があったことでも知られる。発車すると間もなく東京23区を抜け、武蔵野市に入る。, 東京都道7号杉並あきる野線(五日市街道)を跨ぐと左手に丸井とユザワヤ、右手に東急百貨店等が見え、大規模な繁華街に入り、吉祥寺駅へ。水道橋にあった同名の寺院の門前町の住民が五日市街道沿いのこの付近に移住し開墾したことから始まり、現在では京王井の頭線と接続して多摩地区有数の商業地帯となっている。発車すると間もなく両側の高層ビルはなくなり、再び住宅街を走る。駅から北へ15分のところには成蹊学園がある。南口は歓楽街として、夜になると別の顔を見せる。, そして再び高架線を下ったところが三鷹駅となる。駅直下に玉川上水が流れ、武蔵野市と三鷹市の市境となっている。北側(武蔵野市)には官公庁の施設が多く、南側(三鷹市)には南北に商店街が伸びている。ここで複々線区間は終わる。, 三鷹駅を発車すると左手に三鷹車両センターが見えてきて、跨線橋をくぐると間もなく高架線をのぼる。再び武蔵野市に入り、左手の日本獣医生命科学大学を過ぎると武蔵境駅に到着する。甲武鉄道開業時からの駅であり周辺には商業施設も多いが、三鷹・吉祥寺の両駅に近く商業地帯としてはあまり大規模なものではない。, 西武多摩川線の高架が地上に降りて左手に分かれると間もなく小金井市に入る。東小金井駅周辺は東京農工大学や法政大学など実に大学6校と高校3校が所在する文教地区だが、北口・南口共に大規模な商業施設はなく、少し閑散とした様相である。駅前ロータリーから50mほどのところに畑があるなど、近隣の他駅と比べ郊外然とした雰囲気が特徴である。, 武蔵小金井駅の手前(地上)には、開かずの踏切である東京都道15号府中清瀬線(小金井街道)の踏切があった。同駅を発車すると高架線から電車庫に通じる線路が分かれて下っていく。駅北西方向には東京学芸大学がある。右手に豊田車両センター武蔵小金井派出所(旧武蔵小金井電車区)を見ながら間もなく国分寺市に入る。, 東京経済大学を左手に見ながら高架線を下りると、間もなく東京都道133号小川山府中線(国分寺街道)を跨いですぐ掘割となり、国分寺駅に到着する。元々快速と各駅停車のみの停車駅であったが、駅周辺の再開発によって大きく変貌し、現在では特別快速・通勤快速・通勤特快の全電車と成田エクスプレスが停車するようになった。並行してホームがある西武国分寺線との間にはかつて渡り線があり、貨物列車の受け渡しが行われ、甲武鉄道時代には飯田町駅 - 川越駅間(現在の西武新宿線本川越駅)間直通列車まで運行されていた。さらにかつて下河原線が分岐し、廃止後もホームが残されていたが、駅構造が大きく変化した現在ではその面影はほとんどなくなり、高尾寄りの線路脇に廃線跡が残るのみである。, 国分寺駅を発車すると右手に西武国分寺線が並行するが、野川を渡ると間もなく分かれ、右側に住宅街と姿見の池緑地保全地域を見下ろす。かつては左手に中央鉄道学園があり、前述の下河原線の廃線が中央鉄道学園への引き込み線として使用されていた。現在跡地は再開発が進められており、西側が団地、東側が武蔵国分寺公園となっている。旧鉄道学園は線路よりやや高くなっている。間もなく再び切り通しに入り、西国分寺駅に到着する。同駅は住宅街に囲まれているため乗降客はそれほど多くないが、武蔵野線に接続するため乗り換え客が多く、特に朝夕ラッシュ時は混雑する。, 西国分寺駅を発車すると間もなく府中市をかすめるが、駅はなくすぐに再び国分寺市に入る。勾配を上り切ると上下線の間が広がり、間から武蔵野線の短絡線が地上に出てくる。下り勾配となって短絡線と合流し、国分寺崖線を越え国立市に入る。間もなく掘り割りを出て高架線を上る。国立駅は箱根土地(後のコクド、現在のプリンスホテル)の堤康次郎が計画した学園都市の最寄り駅として開業した経緯があり、駅南口から南・南西・南東の3方向に放射状に道路が伸びる。三角屋根の国立駅旧南口駅舎の屋根の形状はこの道路の形状を現しているといわれる。南へ延びる東京都道146号国立停車場谷保線(大学通り)に沿って一橋大学や桐朋中学校・高等学校など教育施設が多く立ち並び、駅から2km程南進したところに南武線の谷保駅がある。北側(所在地は国分寺市)には鉄道総合技術研究所があり、かつて同駅から引き込み線があったが、2004年に廃止され、その跡地は自転車駐輪場となっている。国立駅を発車すると両側に住宅街を見て走る。左側は学園都市の計画によって碁盤状に整備されている。, 立川市に入ると次第に国立市から続く住宅街から商業地帯へと入っていく。前方にルミネが見え、高架線を下りると間もなく左手から南武線が合流、東京都道・埼玉県道16号立川所沢線(立川通り)を跨ぎ、立川駅に到着する。高尾寄りで直上を多摩都市モノレール線が跨いでいる。同駅はかつて日本国有鉄道東京西鉄道管理局が所在し、一部の中距離電車も発着する交通の要衝であり、現在は利用客の増加に伴い大規模な駅舎改良工事が進んでいる。駅周辺は多摩地区でも随一の繁華街であり、北側・南側共に商業施設が軒を連ねている。, 立川駅を発車すると右手に青梅線が分かれ、その先で中央線快速→青梅線直通電車や貨物列車などが使用する青梅短絡線が分かれると大きく左へカーブし南西を向き、切り通しに入り勾配を下っていく。, 切り通しが終わり、武蔵野台地を抜けると残堀川を渡り築堤となり、東京都道29号立川青梅線(新奥多摩街道)を跨ぐと多摩川橋梁にて多摩川を渡り、日野市に入る。日野駅は東京都道256号八王子国立線(甲州街道)との交差部の築堤上にあり、利用客に対してホームが大変狭く、危険な状態になっている。日野市の中心部にあり、駅周辺には商業施設が広がるが、市内の豊田駅、高幡不動駅と比べると農地や住宅地の占める割合が大きく、同規模都市の中心駅にありがちな賑わいは弱い。, 日野駅を発車すると中央自動車道を潜り、日野台地に入る。切り通しに入ると鉄道総合研究所の研究施設と共に本線に挟まれたホームのない待避線が現れる。開業時はこちらに日野駅が設置され、1937年に現在地に移転した後も同駅発着列車の折り返しに使用されていたが、発着列車がなくなった現在では一部の回送列車や臨時列車が使用するのみである。, 国道20号(日野バイパス)を潜ると日野台地を抜け築堤となり、緩やかに右へカーブしながら勾配を下っていく。カーブを抜けたところが豊田駅となる。同駅は日野台地南端の崖下にあり、駅北側は商業施設や工場が多いが、駅南側は北側ほど開発が進んでおらず少し閑散としている。発車すると間もなく左手に豊田車両センター(元豊田電車区)が広がり、E233系や211系、E257系などさまざまな車両を見ることができる。周辺は住宅街だが、大規模な農地も多い。, 右へ大きくカーブしながら新駅設置予定地を抜けて勾配を上ると切り通しに入りすぐに左へカーブする。ここは中央線で非常に有名な撮影スポットの一つで、列車の撮影をしている鉄道ファンの姿を目にすることも多い。そして切り通しと八王子盆地に入り、浅川を渡ると八王子市に入る。再び大きく右へカーブし北西を向くと右手に八王子卸売市場などの大型商業施設と日本オイルターミナルの引き込み線を見ながら勾配を上り、国道16号(八王子バイパス)を跨ぐと右手に八王子(貨物)駅(八王子オフレールステーション)を見る。前方にセレオ八王子(旧そごう)が現れると間もなく京王線を跨ぎ、右手から八高線が合流、さらに左手から横浜線も合流し、八王子駅に到着する。かつて八王子機関区も所在し、現在もJR東日本八王子支社とJR貨物八王子総合鉄道部が所在する多摩地区の交通の要衝であり、構内には多くの側線がある。駅北側はかつて甲州街道最大の宿場(八王子横山十五宿)であり、多摩地区の経済的中心として古くから発達、官公庁施設や大規模な商業施設が立ち並び、近年は中央大学を初め多数の大学を擁する学生街、学園都市として大きな繁華街を形成している(ただし中央大学は八王子駅より立川駅の方がアクセスが良い)。駅から北東へ0.4km程離れた繁華街の東側には京王線京王八王子駅がある。一方で駅南側は再開発が進んでおり、2010年(平成22年)秋に地上41階の複合ビルが完成する予定。これにあわせ南口も北口同様ペデストリアンデッキ化される。, 八王子駅を発車すると勾配を上り、東京都内では珍しい国道16号(東京環状)の踏切を渡る。1.5km程走ると大きく左へカーブし南西を向き、西八王子駅に到着する。八王子駅から続く市街地にあるが、駅南側を中心に住宅街も広がっており、教育施設も多く、朝夕は多くの学生で賑わう。, 発車すると前方には関東山地が現れ、市街地から抜け住宅街をほぼ一直線で抜けていくが、2km程走ると右手に駐車場と化した空き地が見える。ここは東浅川駅の跡地である。同駅は大正天皇の大喪列車の終着駅として設置され、その後も皇室の多摩御陵参拝に利用された。廃止後駅舎は八王子市に下賜され「陵南会館」という集会施設となっていたが、1990年の過激派による放火で焼失してしまった。, 東浅川駅跡地を過ぎると右へカーブしながら勾配を上り、東京都道47号八王子町田線(町田街道)を跨ぎ勾配を上りきったところが高尾駅。左手に京王高尾線の高架線が見える。同駅は八王子盆地の西端にあり、駅北側と西側は共に山が迫る。駅南側は開発が進み、住宅街が広がっている。, 東京駅 - 西荻窪駅間が東京支社、吉祥寺駅 - 高尾駅間が八王子支社の管轄であり、西荻窪駅 - 吉祥寺駅間に支社境界がある。, 朝ラッシュ時は新宿駅や中野駅、三鷹駅、国分寺駅、立川駅等の主要駅で相互発着をし、東京駅では車止めをホームの先端から数十メートル伸ばしたことで入線速度を高めるなど、運転本数を極限まで増やすための工夫がされたことにより、1960年代から毎時30本の運行を実現している。それでも輸送人員が他路線と比較しても非常に多かったことから、2006年度までは混雑率が200%以上で推移していた。近年は輸送人員が減少傾向であることから徐々に混雑は緩和されているが、現在でも混雑率は180%を上回る。, 並走する緩行線の混雑率は100%を下回っており、混雑が快速線に集中している状況である。, 近年の統計データ上では、首都圏の各鉄道路線の中で最も高い輸送力・輸送人員を持つ運転系統路線となっている。, ここでは東京駅 - 高尾駅の快速の設置駅と停車種別・接続路線・所在地を一覧表形式で記述する。, 日野市には豊田駅 - 八王子駅間に西豊田駅(仮称)を設置する計画があったが、2019年11月22日に計画を断念したと発表した[40]。そのような計画があったことからかつて同区間の中間に設置を求める看板が設置されていた。, 東海道線〈東海道本線〉 - 横須賀・総武線(快速)〈横須賀線〉 - 京浜東北線・根岸線 - 横浜線* - 南武線* - 鶴見線 - 山手線 - 中央線(快速) - 青梅線 - 五日市線 - 中央・総武線(各駅停車) - 宇都宮線〈東北本線〉 - 高崎線 - 埼京線〈一部区間赤羽線〉 - 常磐線(快速) - 常磐線(各駅停車) - 京葉線* - 武蔵野線* - 湘南新宿ライン - ■上野東京ライン - 相鉄線直通列車(*印は「東京メガループ」), ■■川越線 - ■相模線 - ■八高線 - 伊東線 - ■常磐線 - 中央本線, ■ 総武本線 - ■成田線 - ■鹿島線 - ■外房線 - ■東金線 - ■内房線 - ■久留里線, ■八高線 - ■信越本線 - ■上越線 - ■吾妻線 - ■両毛線 - ■水戸線 - ■日光線 - ■烏山線, 1988年12月改正以降の特別快速停車駅と同一。1986年11月当時の特別快速は国分寺駅を通過していた。, かつては平日深夜にも設定され、折り返しの快速(2017年3月3日までは中央特快)の送り込みを兼ねていた。, このため、御茶ノ水駅 - 三鷹駅間の複々線区間で、オレンジ帯のE233系同士が並走したり追い抜いたりするシーンも見られた。, 平日ダイヤにおいては、通常の快速と停車駅に差違はなかったが、三鷹駅 - 中野駅間で緩行線を走行するため、種別表示は無表示ではなく、「各駅停車」と表示した。この点で武蔵小金井駅以西発着の「快速」と異なる。, 高尾発22時台の2本。土曜・休日ダイヤでは、上りの快速の運転は武蔵小金井止まりの列車を除き高尾発21時台で終了するため、2本とも東京駅まで先着する。, 立川市、武蔵野市、三鷹市、青梅市、昭島市、小金井市、国分寺市、国立市、八王子市、府中市、調布市、小平市、日野市、東村山市、福生市、東大和市、武蔵村山市、羽村市、あきる野市、西東京市、瑞穂町、日の出町、奥多摩町、檜原村の計20市3町1村, 1951年(昭和26年)4月14日日本国有鉄道公示第104号「中央本線三鷹停車場から武蔵野競技場前停車場に至る鉄道において運輸営業開始」, 1959年(昭和34年)10月26日日本国有鉄道公示第386号「中央本線三鷹・武蔵野競技場前間の運輸営業は廃止する件」, 2018年(平成30年)9月1日付 JR東労組八王子機関紙「はちおうじ」第179号より, RP2003-9 10-24頁「大都市圏での快速運転の発達 -国鉄時代を中心に-」, http://www.sankei.com/economy/news/170324/ecn1703240001-n1.html, 中央快速線209系導入に伴う申し入れ JR東労組 八王子地本 2018年9月14日, https://web.archive.org/web/20191113135058/https://www.jreast.co.jp/press/2018/20181213.pdf, https://web.archive.org/web/20191213080612/https://www.jreast.co.jp/press/2019/20191213_ho01.pdf, http://www.jreast.co.jp/press/2013/20131217.pdf, https://www.jreast.co.jp/chiba/news/pdf/pre1912_daikai.pdf, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=中央線快速&oldid=80535247, この項目では、東京 - 高尾間で運転される快速列車について説明しています。名古屋地区の快速列車については「, 7月15日:長距離列車の東京側の始発駅が飯田町駅から新宿駅に変更。飯田町駅は貨物駅となる。, 6月14日:東中野駅 - 大久保駅間の曲線区間でドアより通勤客が放り出され死亡する, 4月1日:西国分寺駅開業。国分寺駅 - 東京競馬場前駅間の支線(下河原線)廃止。北府中駅 - 下河原駅間貨物支線は, 11月7日:高架化工事のため、国分寺駅・東小金井駅・武蔵境駅付近の下り線を仮線化。三鷹駅 - 国分寺駅間は上下線とも仮線となった。, 10月9日:高架化工事のため、西国分寺駅 - 立川駅間の下り線を仮線化。西国分寺駅 - 立川駅間は上下線とも仮線となった。, 3月15日:ダイヤ改正でライナーにおける183系・189系の運用が終了。東京駅発箱根ケ崎駅行が運行開始(平日のみ)。, 10月17日:豊田駅 - 松本駅間の廃車回送を兼ねたさよなら運転をもって201系の運用が完全に終了。, 中央線用編成としては10両貫通編成のT1 - 42と6両+4両編成のH43 - 57の57本が製造されたが、, 当区間での使用を前提に開発され、急行(=登場時)運転による高速での運行をある程度考慮したものの当初の設計よりM車比を落としたため性能が限界に近く、, オレンジバーミリオンの車両が使用された。4両編成と6両編成を連結した編成と、10両貫通編成の2種類があった。, 東京駅 - 八王子駅間:100 km/h(E233系0番台もしくは209系1000番台で運転する列車, 八王子駅 - 高尾駅間:130 km/h(優等列車)、100 km/h(普通列車), 準運転取扱駅(異常時、入換時は駅が信号を制御):御茶ノ水駅・新宿駅・三鷹駅・武蔵小金井駅・国分寺駅・立川駅・豊田駅・八王子駅・高尾駅, 接続路線 : 東京駅 - 新宿駅間の東日本旅客鉄道の路線名は運転系統上の名称(正式路線名とは異なる)。駅名が異なる場合は⇒印で駅名を示す。, 各駅停車との重複区間の御茶ノ水駅 - 三鷹駅間は線路別複々線となっている(御茶ノ水駅構内を除く)。.